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福岡地方裁判所小倉支部 昭和63年(ワ)200号 判決

原告 渡辺ひろ子

右訴訟代理人弁護士 市川俊司

同 服部弘昭

同 石井将

同 谷川宮太郎

同 山上知裕

被告 築城町

右代表者町長 吉元實

右指定代理人 古市寿生

被告訴訟代理人弁護士 稲澤智多夫

主文

一  被告は、原告に対し、金一五万円及びこれに対する昭和六三年一月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金一三〇万円及び内金八〇万円について昭和六三年一月二〇日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

3  1につき仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

原告は、築城町の住民であり、平和といのちを守ることを目的として結成された築城地域の住民運動の団体「平和といのちをみつめる会」(以下「みつめる会」という。)の代表である。

被告は、築城公民館を設置し、その使用許可を含む管理を被告の機関である築城町教育委員会(以下「町教委」という。)に行わせている。

2  公民館の使用許可とその取消

原告は、昭和六三年一月一二日、みつめる会の学習会会場として町教委に対し、同月三一日の築城公民館使用許可を申請し、これに対し、町教委は、同月一二日右申請を許可した。ところが、町教委は、同月二〇日、みつめる会の右会合が日米共同訓練に反対するもので築城町教育施設使用条例(以下「使用条例」という。)三条二号の「特定の政党を支持し、又はこれに反対するための政治教育、その他、政治的活動に利用するとき」という不許可事由に該当することを理由に、原告に対し、右使用許可を取り消す旨の通告をした。

3  本件使用許可取消処分の違法性

(一) 憲法二一条違反

原告が申請した本件集会は、築城基地日米共同訓練反対をテーマとしているが、かかる集会でも、憲法二一条一項の表現の自由、集会の自由として憲法上保障され、同条二項により、事前抑制が原則的に禁止されている。したがって、町教委は、原告らが本件集会を行うために築城公民館を使用することを許可すべきであった。ところが、町教委は、本件集会の内容の不当を理由にその開催を妨害する目的で、いったん同公民館の使用を許可しながらこれを取り消したものであるから、右処分は、表現の自由、集会の自由を侵害し、事前抑制禁止の原則に違反し、違憲である。

また、町教委は、本件取消処分の根拠とした使用条例三条二号が、「特定の政党を支持し、又はこれに反対するための政治教育、その他、政治的活動に利用するとき」と政治的活動そのものを一般的、包括的、かつ無制限に不許可事由としており、文面上違憲無効である。したがって、違憲無効な規定に基づく本件取消処分も違憲である。

(二) 憲法二六条違反

築城公民館は、国民が国や地方公共団体に対して合理的な教育制度と施設を通じて適切な教育の場を提供することを要求する権利である教育を受ける権利(憲法二六条)に基づいて設置された公の施設であり、被告は、住民に対して同公民館を積極的に提供する憲法上の責務を負っている。そして、町教委が、公民館の使用許可を取り消すことができるのは、使用目的が施設の設置目的に反する場合、使用方法自体が器物を損壊したり、騒音を発したり、あるいは独占的使用が長期に及び他の住民による使用を妨げるなど、被告の管理に支障が生ずるおそれの明白な場合に限られる。ところが、被告は、管理に支障が生じるおそれが明白でないにもかかわらず、本件使用許可を取り消したものであるから、右取消処分は違憲無効である。

(三) 地方自治法二四四条二項違反

築城公民館は、地方自治法二四四条一項の「公の施設」に該当し、同条二項により、被告は、正当な理由がない限り、住民がこれを利用することを拒んではならない義務がある。ところが、町教委は、何ら正当な理由もなく、いったん出した公民館の使用許可を取り消したものであるから、右取消処分は違法である。

(四) 地方自治法二四四条三項違反

築城公民館は、地方自治法二四四条一項の「公の施設」に該当し、同条三項により、被告は、住民が同公民館を利用することについて、不当な差別的取扱いをしてはならない義務がある。そして、町教委がこれまで先約や施設の使用不能の場合以外で同公民館の使用を拒否したことはなかった。ところが、町教委は、本件に限って、利用目的について合理的根拠を欠く介入干渉を行い公民館の使用を拒否したものであるから、差別的取扱いであり、本件取消処分は違法である。

(五) 社会教育法二二条七号違反

社会教育法二二条七号は、公民館の施設を住民の集会その他公共的利用に供することを公民館事業の目的としている。そして、原告が本件で申請した使用目的は、築城町住民の学習会(講演会)であるから、被告のなすべき公民館事業に該当する。ところが、町教委は、原告に対する公民館使用許可を取り消したものであるから、事業目的違反行為であり、右取消処分は違法である。

(六) 使用条例違反

使用条例の違憲性はしばらく措くとしても、右条例の適用自体に次のような違法がある。

まず、町教委が当初本件取消処分の根拠としていた使用条例三条二号は、使用許可願に対して使用を許可しない場合の条項で、本件のように、いったん許可したものを取り消す場合のものではなく、条例の適用を誤った形式的違法がある。

また、実体的に、公民館使用の許可、不許可は、町教委の自由裁量に委ねられていると解すべきでなく、当然羈束裁量と解すべきであるが、町教委の本件取消処分の判断には誤りがある。すなわち、原告らが予定した学習会(講演会)は、特定政党や党派の政治的活動ではないから、使用条例三条二号には本来該当しないのに十分な調査確認もしないで公民館の使用許可を取り消している。さらに、後に町教委は、使用条例五条五号の公民館管理運営上の支障が生ずるとの理由も主張しているが、その根拠としている右翼からの電話での申し込みがあったとの主張は架空である。仮に右電話があったとしても、それは正式の使用許可願ではなかったし、本件集会は学習会であり、大分県日出生台の反対集会とし異質のものであるから、混乱の起こる可能性はない(仮にあるのなら妨害目的の明らかな右翼の側を警察力を借りても取り締まるべきで、原告の集会を不許可にすることは許されない。)。したがって、被告が公民館の管理運営に支障を来すことはあり得ないから、右条項にも該当せず、違法である。

よって、被告の本件取消処分は違憲ないし違法であり、被告には、原告に対し、これによって生じた損害を賠償すべき責任がある。

4  損害

(一) 慰謝料 金八〇万円

原告は、町教委のなした本件取消処分のため別の会場確保に奔走を余儀なくされ、しかも十分な代替施設を確保することができず、また、集会参加予定者への連絡などにも苦労して、かろうじて他所において学習会を実施することができた。これにより、原告が被った肉体的精神的苦痛は甚大であり、その損害は少なくとも金八〇万円に相当する。

(二) 弁護士費用 金五〇万円

原告は、本件訴訟のため弁護士五名に訴訟を委任し、その費用として右弁護士らに対し合計金五〇万円の支払を約した。

5  よって、被告は、原告に対し、損害賠償請求として金一三〇万円及び内金八〇万円に対する不法行為の日である昭和六三年一月二〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。ただし、公民館の使用許可の権限は、教育長(当時は奥正行)に事務委任されている。

2  請求原因2の事実のうち、原告が昭和六三年一月一二日町教委に対し、同月三一日の築城公民館の使用許可願を申し出て、これに対し、同教委が同月一二日右使用を許可したこと、同教委が同月二〇日になって右使用許可を取り消し、これを原告に対し通告したこと、使用条例三条二号を右許可取消の理由の一つとしていたことは認め、その余の事実は否認する。

3  請求原因3は争う。

町教委は、いったん原告の公民館使用を許可したものの、その後、原告が使用目的とした学習会(講演会)が日米共同訓練に反対する団体行動の一環として企画されている集会であることが新聞報道により明らかとなり、他方、右翼から「日米共同訓練に反対する団体に公民館を貸すのならば、我々にも原告らと同じ日時に公民館を貸してほしい。」との申し込みがあった。また、本件に先立って大分県日出生台演習場における日米共同訓練の反対集会の際に、右翼が労組員らに襲いかかった事件が発生していた。

したがって、原告と右翼の両方に公民館の使用を認めるとき、公民館の管理運営上支障を来たすことは明らかであるし、かつ、右翼からの使用許可願だけを拒否するのは公平に反し、一層混乱することも容易に予想された。そこで、町教委は、本件使用許可を使用条例三条二号に該当するだけでなく、同条例五条一項五号の「管理運営上支障があるとき」に該当すると判断し、取り消したものである。また、いかなる場合に使用を許可、不許可とし、あるいは許可を取り消すかは被告の行政裁量でもある。

それゆえに、本件取消処分は、被告の裁量の範囲内にあり、適法である。

なお、町教委に他意のないことは、本件使用許可を含めて前に原告の公民館の使用許可願を不許可にしたことがなく、また、日米共同訓練終了後も原告や支援団体などの使用許可願をその行事目的の如何を問わず不許可にしたことがないことから明らかである。

4  請求原因4は否認する。

原告が申請した公民館使用予定の学習会の主催者は、みつめる会であるから、損害は右参加予定者に生じるべきものであり、原告が自分個人の損害として請求するのは失当である。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。なお、公民館使用許可の権限については、後記認定のとおり、教育長に事務委任がなされているので、公務員の故意、過失を問題にする場合は、教育長について考えれば足りることになる。

二  請求原因2のうち、原告が昭和六三年一月一二日町教委に対し、同月三一日の築城公民館の使用許可願を申し出て、これに対し、同教委が同月一二日右使用を許可したこと、同教委は、同月二〇日になって右使用許可を取り消し、これを原告に対し通告したことは、当事者間に争いがない。

そして、《証拠省略》によると、以下の事実が認められる。

1  築城町の住民である原告は、昭和六二年二月、平和の問題、核兵器、原発、食べ物と命、農業、自然と開発、差別問題、障害者問題、教育、福祉等々市民生活の周囲にある問題を考える自由参加のいわゆるノンセクトの住民団体として、友人数名を共に「みつめる会」を結成した。みつめる会は、第一回活動に日米共同訓練を前にして、同年四月一八日、築城公民館において、中津在住の作家で「原発なしで暮らしたい九州共同行動月間」の共同行動代表者である松下竜一を講演者に迎え、参加者五三名の平和集会を行った。また、みつめる会の代表者である原告は、同会の通信「なずな」の発行責任者として、これを毎月発行して配布した。

2  昭和六二年一一月一日から同月一〇日までの間、大分県日出生台演習場、十文字原演習場などにおいて、日本側から陸上自衛隊人員約一五〇〇人、アメリカ合衆国側から陸軍人員一六〇〇人、これに支援部隊を加えて合計約四〇〇〇人が参加する大規模な日米共同訓練が行われた。これに対し、同月一日、日出生台演習場がある大分県玖珠町の玖珠河原において、社会党、県労評系、及び共産党系の各団体や市民団体その他全国から日米共同訓練に反対する者二万ないし三万人の参加者による反対集会が開かれた。右集会にはみつめる会からも、原告を含めて何名かが参加した。同日、この集会場に向かって路上を歩いていた大分県佐伯、臼杵、津久見三地区労員約二〇〇〇人の列に福岡県内の右翼団体「大日本国誠連合会」の街頭宣伝車一三台が近づき、その車の中から右翼団員約五〇人が次々と飛び出して隊列の労組員約六〇人に襲いかかって負傷させた。そのため、大分南署は、右翼六六人を任意同行し、うち二三人については大分地方裁判所に逮捕令状を請求した。

3  築城町議会は、同年一二月二二日、最終本会議を開いて、椎田町の航空自衛隊築城基地を使っての日米共同訓練計画反対の決議を求める二四〇〇人余の署名を添えた請願を不採択とし、これに伴い共同訓練によって被告に交付されていわゆる迷惑料(当年度分二五〇〇万円)を財源の一部とする一般会計補正予算も原案どおり可決した。そして、築城基地日米共同訓練計画は、関係一市三町の首長の同意をとりつけ、基地の共同使用の閣議決定をすればいつでも実施できる状況となった。みつめる会は、昭和六二年八月ころ、地区労、解放同盟などが加盟して結成された「日米共同訓練に反対する京築住民の会」(以下「住民の会」という。)に加盟するとともに、翌六三年一月三一日に集会を開くなどして反対運動を強めて行くことにした。

4  原告は、築城基地の問題を地元住民がもっと自分の問題として考え日米共同訓練計画反対の世論を高める目的で、築城公民館を使用して「『平和な空を―』築城基地日米基地訓練反対住民集会」と題する集会を開催することを計画した。右集会は、みつめる会が主催し、前記松下と伊藤ルイの二名を迎え、それぞれ「日出生台闘争と住民運動」、「わたしにとって闘うとは」という題で講演してもらい、そのうえで「闘い続けることの意味」について参加者全員が討議することを予定した。そこで、原告は、昭和六三年一月一二日、築城公民館に行き、使用受付の事務を担当する緒方義行(以下「緒方」という。)に対し、所定様式の築城町教育施設使用許可願の日時欄に「昭和六三年一月三一日午後一時から同日午後四時まで」、行事概要欄に「学習会(講演会)」、集合予定人員欄に「一〇〇」と各記入し、使用場所欄の築城公民館大集会室の部分に丸印をし、許可願名義人を原告として同願書面を提出して、同公民館の使用を申し込んだ。築城公民館の使用許可権限は、使用条例上、町教委(使用条例四条)がその権限を有するが、前記一のとおり、築城町教育委員会事務委任規則により、町教委から教育委員長(当時奥正行。以下「奥教育長」という。)に委任されており、さらに、使用許可願の内容に特別問題がない限り、緒方が奥教育長らの決裁を受ける以前に受付窓口において口頭にて使用許可を告知する実務慣行となっており、原告から使用許可願があった本件においても、緒方は、原告に対し、一二日の受付の際間もなくして右使用を許可する旨を告げた。その後、緒方は、前記使用許可願の書面を決裁に回し、町教委課長補佐の城井雄司、同教委教育課長兼築城公民館長の古市寿生(以下「古市課長」という。)、奥教育長の各決裁印を受けた(なお、使用条例四条三項は、使用を許可する場合使用許可書を交付する旨を規定するが、実務慣行としては右のとおり口頭告知で済ませている。)。原告は、使用許可を取った後、右集会の趣旨内容を説明し参加を呼びかけるビラを一〇〇〇枚程度作成して配布した。

5  読売新聞は、昭和六三年一月二〇日付朝刊で、「日米共同訓練」「反対運動展開決める」「住民の会座り込みや集会」と見出しに掲げ、住民の会が築城基地の横で座り込みなどの日米共同訓練に対する抗議行動を行うことを決めたことや、その前段として同月三一日築城公民館においてみつめる会の主催で松下竜一を招いて住民集会を開き日米共同訓練反対の世論を盛り上げて行くことなどを内容とする記事を掲載して報道した。そして、そのころまでに愛国戦線社福岡県本部長と自称する藤川延彦は、吉元町長に対し、電話で同じ一月三一日に自分らにも築城公民館を貸すように申し入れた。

6  一月二〇日朝、町長は、築城公民館に登庁した古市課長を呼び出し、同日付読売新聞朝刊の記事どおり築城公民館の使用を許可したのかどうか確認し、そのうえで、右翼の者からも今月三一日に公民館を貸してくれと電話があったことを告げ、対応策について奥教育長と相談するよう指示した。古市課長は、直ちに奥教育長に町長の話を伝えた。奥教育長と古市課長とは、右翼が原告らの集会を妨害するために申し込んできたものと直感し、特に町長の話以外に事実調査などは行わずに、ただ、原告らと右翼の両方に公民館を使用させると日出生台のような大事になる虞れがあり、混乱の生じるのは必至であると判断し、原告らと右翼の両方の使用を拒否する結論に達した。古市課長は、町長に対し、右結論に至った旨を報告し、事後処理として、右翼に対する使用不許可は町長が通告し、原告らに対する使用許可取消は古市課長の方で通告することとなった。なお、奥教育長と古市課長が、町長に架電した右翼が愛国戦線社福岡県本部長と称する藤川延彦であることを知ったのは、その二、三日後であった。

7  古市課長から原告への使用許可取消の通告を命ぜられた緒方は、原告に予め電話をかけたうえで、同日午前一〇時ころ原告宅を訪れ、前記使用許可願の書面を原告に手渡して、「原告らの公民館を使用しての集会は、政治的活動であり使用条例に違反するので、使用願が出ていた件についてはお貸しできないことになりました。」と言って、使用許可を取り消す旨を告げた。その際、緒方は、使用条例の写しを持参してきており、右条例三条二号(政治的活動に利用する場合の不許可)の条文に赤ペンで印を付けて説明し、右写しを原告宅に置いて行った。

8  同日正午近くになって、原告は、みつめる会の末永と二人で築城公民館に行き、奥教育長に対し公民館の使用を認めるよう交渉した。そこで原告は、「築城町内で二千数百名の日米共同訓練反対の署名があるのに公民館の使用許可を取り消すのはおかしい。」旨を述べたが、奥教育長は、「公民館は、地城住民の全体のためにあるのに、日米共同訓練は一部の者が反対しているに過ぎない。築城町としては、日米共同訓練の実施に賛成する立場をとっているし、国が決めた訓練である。そして、本件集会は、日米共同訓練に反対するものであり、性質上、政治的活動であるし、混乱を招きかねない。したがって、公民館を貸すことは、使用条例に違反する。集会は別の場所で開いて欲しい。」と反論して譲らなかった。翌二一日、原告は、約一〇名を伴って再び築城公民館の事務室において、奥教育長と交渉した。その際、新聞記者四、五名も交渉の場に同席した。原告らの抗議に対し、奥教育長は、昭和六三年一月二〇日付読売新聞の前記記事を原告らに示して「本件集会は、日米共同訓練に対する県評の一連の抗議行動の一環として開かれるものであるから不許可にした。政府が決めた日米共同訓練に反対するのは政治行為そのものであり、使用条例三条二号に該当するから、取り消しの変更はできない。また、公民館の管理運営上混乱が生じる。」と発言した。翌二二日、原告らは、五、六名と新聞記者を伴って行橋市の県行橋総合庁舎内の教育委員研修会場において同研修会に出席していた奥教育長を訪ね、三たび交渉した。そこで、原告は、みつめる会があくまで住民主体の組織であり、県評、地区労その他特定政党、労働組合などとは無関係であることや、同じ集会が昭和六二年四月に築城公民館で開かれていることを説明し、講演者として迎える松下の人物を紹介した。これに対し、奥教育長は、「県評などによる大きな政治的行動のひとつと誤解した。私は原告のグループに偏見をもっていないし、松下先生もよく存じ上げていて尊敬している。個人的に判断を翻すのがいいかもしれないが、ただこういう事態になった以上は、二三日に教育委員と相談してから決めることにし、考え直す方向で努力をする。」と返答した。この交渉の後、奥教育長は、町長や教育委員らに電話を架けて相談したが、右翼の申し込みを断っても街宣車で押しかけて来られれば、原告らの講演会はできないだろうと判断し、使用許可の取り消しを変更しない結論に至った。奥教育長は、同日夜、原告に対し、電話を架けて公民館の使用許可取消について考え直す意思のないことを最終的に告げた。

9  なお、住民の会は、昭和六三年二月二四日の反戦コンサートに使用するため、同年一月二五日、町教委に対し、築城公民館の使用許可願を出したが、同月二七日、同教委は、これについても同月三一日の学習会と同様、一連の抗議行動の一環であり、使用条例に反することを理由に使用を不許可とした。

10  原告は、昭和六二年一月三一日、会場を豊前市の教育会館に変更して、予定どおりみつめる会の学習会を開催したが、特に右翼による妨害等はなかった。

奥証言及び古市証言中には、不許可(正確には使用許可の取消)の理由として、使用条例三条二号には言及していない旨の各供述部分があるが、前記7認定の、緒方が一月二〇日原告に対し本件取消処分を通告した際にとった言動(なお、緒方証言中、取消の理由が政治的活動であるといったのは緒方自身の判断に基づくものである旨の供述部分は措信できない。)や、前掲甲第七ないし第九号証(各新聞記事)の記載内容、並びに原告本人尋問の結果に照らし措信できない。また、取消処分後、奥教育長が原告らと交渉した際に発言したとされる内容と対比しても不自然であって措信できない。

また、前記6認定の右翼からの電話については、奥証言と古市証言とが若干齟齬したり、前記10で認定したとおり、右翼の妨害はなかったことなどの事情はあるが、前記4に認定のとおりいったん許可したものを変更して前記7ないし9に各認定のような態度に出るには、前掲乙第二号証の新聞記事だけでなく、何かが起こったと推認できるし、奥教育長も前記8に認定のとおり「混乱」という抽象的な言葉を用いて事情を説明しており(「右翼」という言葉を用いても原告の理解が得られるはずはなく、むしろ「右翼」ということで問題が表面化し、不測の事態を招くことも考えられることから、右翼という言葉を用いなかったこと自体不自然なことではない。)、昭和六二年一月二〇日朝かあるいはそれ以前、右翼から町長に対し同月三一日の築城公民館使用を申し込む電話があったと推認される。

以上のほか、前記認定を左右するに足りる証拠はない。

三  ところで、被告が設置したことに争いのない築城公民館は、地城住民の福祉を増進する目的をもって住民の利用に供するために普通地方公共団体である被告が設けた施設であることは明らかであり、地方自治法二四四条一項にいう「公の施設」に該当する。そして、同条二項には原告が請求原因3(三)で指摘するとおり、普通地方公共団体は、正当な理由がない限り、住民が公の施設を利用することを拒んではならない旨の規定がある。そこで、被告がなした築城公民館の使用許可取消処分が違法であるか否かについて、被告の主張に副って判断して行く。

四  まず、管理運営上の支障の有無について判断する。

地方自治法二四四条の二第一項を受けて制定された使用条例五条一項五号は、「その他(教育)委員会が管理運営上支障があると認めるとき」を使用許可の取消事由の一つとして規定する。ただ、右規定は、教育委員会による自由な主観的あるいは政策的な判断を許すものではなく、憲法、法令などの趣旨からその判断には一定の限界があり、客観的にみて管理運営上の支障を生じる蓋然性が合理的に認められる場合にのみ使用許可の取消ができるものと解される。

本件については、前記三2ないし6に認定したとおり、奥教育長は、昭和六三年一月一二日、原告に対し、原告らみつめる会が日米共同訓練に反対する集会を開催するために同月三一日築城公民館を使用することを許可し、その後同月二〇日ころ藤川延彦から町長に対し電話で、原告らの集会を妨害する目的と推認される同じ三一日の公民館使用の申し込みがあり、これに先立つ昭和六二年一一月一日、大分県日出生台で日米共同訓練に反対する集会にまつわって右翼による襲撃事件が発生していたものである。そして、《証拠省略》によれば、築城公民館は被告役場に隣接し、周辺に商店街や住宅街のある築城町の中心部にあることが認められ、右認定に反する証拠はなく、前記認定事実と併せ考えると、みつめる会と右翼の両方が同一公民館で競合し、混乱が生じるかもしれないという抽象的な危惧感がない訳でもない。

しかしながら、同一時刻、同一場所の公民館の使用許可申請が複数あり、集会が競合するために混乱を来す虞れのある場合は、原則として申請順に使用の許可、不許可を決定するのが適切公平な処理であることはいうまでもない(《証拠省略》によっても、先着順が原則的処理であることが認められる。)。ところが、本件においては前記二4の認定事実のとおり、原告の使用許可願を問題なしとしていったん使用を許可しておきながら、同二6及び7の認定事実のとおり、後で右翼の者から使用許可申請が出されたとして、先順位の原告の申請に対する使用許可を取り消しており、このような判断が通常許されないことは明らかである。奥教育長としては、集会の競合による公民館の混乱を回避するために、後に出された右翼からの公民館使用許可申請だけ不許可とすれば足りるのであって、原告の公民館使用許可まで取り消す必要はない。仮に右翼の方だけ公民館の使用を不許可としても、右翼が公民館に押しかけて来て原告らのみつめる会の講演会を妨害することは予測したのならば、むしろ公の施設の円滑な管理運営を図る責任者として、警察に警備を要請することなど他の方策によって対処すべきであったのであり、そうしなければ、力で自己の意見に反する者を屈服させようとする反民主的な勢力を助長することにもなりかねず、我が国の法秩序に反する結果となることは明らかで、原告らが適正な手続によって得た正当な権利を安易に奪うのは違法の謗を免れない。

しかも本件の場合、前記二4ないし7の認定事実及び《証拠省略》によれば、奥教育長は、所定の様式による使用許可願の書面での正式な申し込みでないことは勿論、予定する使用時刻や行事概要、集合予定人員、使用する部屋などいずれの指定もない、漠然と三一日の公民館使用を希望する旨の町長に対する右翼からの電話があったというだけで、右翼とは誰なのか、いかなる行動傾向、組織規模の政治結社に所属しているのか(例えば、右申し込み者は日出生台の襲撃事件に参加していた者か、その使用許可申請を不許可とした場合、原告らによる本件集会の開催当日に屋外に街宣車を回したり拡声器を使ったりするつもりなのか、など)全く調査せず、日出生台の事件を短絡的に連想し混乱を予想しているに過ぎないことが明らかであり、その主観的意図(奥教育長自身にはこれで原告らの安全を守り得たと考えている節が認められる。)がどうであれ、違法であることに変わりはない。

五  次に、政治的活動に該当するか否かについて判断する。

使用条例三条二号は、築城公民館の使用不許可事由として「特定の政党を支持し、又はこれに反するための政治教育、その他、政治的活動に利用するとき」と規定する(なお、本件はいったん使用を許可しているので、原告が主張するとおり、正確には取り消しのために同条例五条一項一号も必要である。)。右規定は、およそ政治的色彩を帯びた活動のために公民館を使用する場合ならば、すべて不許可とするようにも解釈できないでもない。しかしながら、確かに公民館自体が「特定の政党の利害に関する事業を行い、又は公私の選挙に関し、特定の候補者を支持すること」を禁止することはその公共性、中立性から理由のあることとしても、住民が公民館を使用して行う集会について、それを上回って単に政治的活動というだけで不許可にすることは全く合理性がない。少なくとも、右規定は、社会教育法二三条が定める公民館の運営方針程度に限定して解釈運用されるべきである。また、「特定の政党の利害に関する」の解釈としても、特定政党に事実上利害が関係するだけでは足りず、特定政党、ないしその反対政党自体、又はそれらの一組織あるいは密接関連のある者ないし団体として、政党の政策目的を実現、あるいは阻止するために統治機構の獲得維持を志向し、その一環としてなされるものでなければならない。

右を前提にして原告らの公民館使用が使用条例三条二号に該当するか否かを検討する。

前記二2ないし4の認定事実によると、原告らが築城公民館において開催を予定したみつめる会主催の学習会は、日出生台の反対集会等一連の日本国政府の決定した日米共同訓練への抗議行動の一環として行われるものであり、みつめる会自体は、地区労、解放同盟と共に住民の会に加入しているものであるから、原告らが予定した学習会が政治的活動であることは明らかである。

しかしながら、《証拠省略》によると、みつめる会は、誰でもいつでも自由に参加でき、会員制をとらず、したがって、会の構成員は特定せず、また、他の組織と行動を共にすることはあっても、いかなる政党、組合、宗教団体、セクトにも従属しない住民団体であること、会の運営資金も会費制をとらず、行事などの際その都度参加費として徴収するかカンパに頼るだけであること、みつめる会は、住民の会の下部組織ではないし、資金的に援助を受けたこともないこと、みつめる会の代表者である原告は、住民の会の役員となっておらず、事務局にも入っていないこと、築城公民館で予定した本件学習会は、組合動員などせず、政党や労働組合と関係なく、あくまでもみつめる会独自の活動としてみつめる会が計画し主催したものであることが認められ、右認定に反する証拠はない。また、原告らが参加した日出生台の反対集会に政党の系列団体が参加していたとしても、それは複数の政党に関係しており、右集会をもって一個特定の政党活動と評価することはできない。

そうであれば、右にみたみつめる会の構成、資金源、性格、前記二1に認定した同会結成の経緯、目的に照らすならば、みつめる会をもって、統治機構の獲得志向のある団体であるとか、特定政党と密接な関係のある団体と考えることはできず、自発的な住民運動のグループとみられる。しかも、前記二4に認定した本件学習会開催の過程、目的、内容と、奥教育長自身いったんは右学習会の公民館使用を許可していること等を総合考慮すると、本件学習会が特定政党の利害に関する事業に該当するとは考えられず、本件許可を取り消すことには理由がなく、違法というほかない。

六  以上検討したところによれば、その余の点につき判断するまでもなく、奥教育長のした本件取消処分は違法というべきであり、被告は、原告に対し、右処分により原告が被った損害を賠償すべき責任がある。よって、以下原告の損害について判断する。

《証拠省略》によると次の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

1  原告は、昭和六三年一月二二日、奥教育長から公民館使用許可取消を変更する意志のない旨の最後の連絡を受けた後、代替会場の確保のため奔走した。そしてまず、原告は、椎田町の中央公民館に使用を申し込んだが、珠算の検定に使用する予定があり、被告が自分の住民の使用を拒否し新聞で問題となっている集会を隣の椎田町が許可するのは難しい、と断られた。

2  また、築城町には、被告の施設を除いて集会を開ける施設がなく、周辺地域での対応が右のとおりであることから、原告は、被告が使用許可取消を変更しない限り、築城基地問題について行うはずの本件集会を築城町内やその周辺地域で開催することは事実上不可能となってしまうと判断し、同月二六日奥教育長に対し書面にて再度使用許可の要望をした。しかるに、翌二七日同委員長から使用拒否の連絡があり、原告は、築城町及びその近辺以外の施設で、しかも、一〇〇人以上も収容できる会場を探すこととなった。

3  そして、三一日開催予定のところ二七日夜になって、ようやく豊前市の教育会館の会場の使用が認められた。右会場は、予定していた築城公民館の大集会室の約三分の一の広さで、かつ、築城公民館から車で約三〇分かかる距離にあった。原告らは、早急に会場変更のはがきを一〇〇枚程度印刷して翌二八日に発送し、また、電話でも五〇件程度会場変更の連絡をせざるを得なかった。しかし、新聞報道で問題となったこともあって、豊前市の教育会館での学習会には約二〇〇人が参加し盛会のうちに終了した。

なお、被告は、本件集会の主催者はみつめる会であり、本件取消処分により損害を受けた者として被告に損害の賠償を請求できるのは、原告個人ではない旨を主張するが、原告は本件使用許可の申請者であること、本件取消処分のために、みつめる会の代表者として右認定のとおり、さらに前記二6に認定したとおり、本件取消処分を変更し、あるいは代替会場を確保して集会の開催を実現するため、原告個人として肉体的精神的損害及び物質的損害を被ったことは明らかであり、原告が被告に対しその損害の賠償を請求するにつき何ら法律上の支障はない。

そこで本件に現れた諸般の事情を考慮すると、原告に生じた肉体的精神的苦痛を慰藉するには金一〇万円をもって相当とする。

さらに、弁論の全趣旨によれば、原告は、本件訴訟代理人である弁護士五名に本件訴訟の提起追行を委任し、相当額の謝礼を支払うことを約していることが認められるところ、本件訴訟提起の態様、認容額、事案の難易等本訴に現れた一切の事情を考慮すると、結局本件不法行為につき被告に負担させるべき弁護士費用は金五万円とするのが相当である。

七  よって、原告の本訴請求は、金一五万円及び不法行為の日である昭和六三年一月二〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用し、仮執行免脱宣言については、相当でないからこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渕上勤 裁判官 有吉一郎 櫻庭信之)

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